私たちの研究室では臨床病理学的研究や開発臨床試験を中心とした臨床研究と基礎医学との統合を目指したトランスレーショナルリサーチを行なっている。
慢性骨髄性白血病のチロシンキナーゼ阻害剤中止試験とその免疫学的メカニズムの研究、および造血器腫瘍に対する分子標的薬のTDMの研究が髙橋教授の研究テーマであり、TDMに関しては薬剤部三浦昌朋教授と協力し行なっている。骨髄腫に対する経口新規薬剤のTDMと免疫抑制剤のTDMにおける併用薬の相互作用も重要なテーマである。多発性骨髄腫を含むリンパ系腫瘍の発がん機構の解明と治療標的の探索を精力的に行い世界に向けた情報発信を目指している。また赤芽球造血と脱核メカニズムの研究、造血幹細胞移植におけるドナー特異的抗原の研究、糸球体腎炎の臨床病理学的研究、さらに造血器腫瘍に対する開発臨床試験を積極的に行なっている。
2021-2022年の主な研究の紹介
1. 慢性骨髄性白血病のTFRに関する研究
イマチニブによる制御性T細胞の抑制がCML細胞に対して免疫学的効果をもたらし (J Exp Med 2020,217: e20191009)、イマチニブ中止後もこの免疫学的メカニズムが長期の寛解維持 Treatment Free Remission (TFR) に関与している可能性を報告した(Cancers. 2021; 13(23), 5904)。第二世代TKI中止後のT細胞のプロファイリングに関しても精力的に行い、ヨーロッパ血液学会、アメリカ血液学会、日本血液学会で発表を行なっている。JALSG STIM213、JALSG N/D-STOPおよびJ-SKIの付随研究としてTFRにおけるT細胞のプロファイリングについての研究、BCR-ABL1 splicing variantの研究については国立がんセンター東病院との共同研究として継続する。またBlast crisisの分子メカニズムに関する共同研究はシンガポール大学 (Blood 2020, 2337-2353)、および京都大学(Nat. Commun. 2021 May 14;12(1):2833)と行った。
(髙橋、藤岡)
2. 造血器腫瘍におけるTDMの研究
造血器腫瘍に対する分子標的薬のPK/PGxの検討から個別化医療を目指すTherapeutic Drug Management (TDM)の研究を行っている。秋田大学薬剤部が開発したHPLC-UVまたはLC-MS/MSを用いた測定法にて、すべてのABL-TKI、IMIDs、BCL2阻害剤の血中濃度測定が可能である。昨年はTDM研究において薬物トランスポーターのSNPが血中濃度に影響し副作用発現を高めること、また細胞内濃度を高め治療効果を増強させる可能性を報告した (J Clin Pharm Ther. 2021,46:382-387, Sci Rep. 2021,11:6362. Int J Hematol. 2021, 113:100-105. )。 また、免疫細胞に対するIMIDsの影響、抗体薬・細胞治療における免疫状態の影響について研究を継続している (Int J Hematol. 2021, 113:600-605.)。
(髙橋、小林)
3. 多発性骨髄腫・悪性リンパ腫における新規治療薬剤の作用機序解明と治療戦略開発
多発性骨髄腫の骨髄低酸素微小環境における分子病態・治療抵抗性解明と治療標的分子の探索を継続している。これまでの研究で明らかにした、低酸素誘導性分子miR-210、KDM3A、hexokinase-2の知見を統合し、低酸素環境における分子病態の変化の重要性を報告した(Int J Myeloma 2020;10:13–19, Cancer Sci. 2021;112:3995–4004.)。また、低酸素ストレスによる活性酸素種の増加が与える遺伝子発現変化と治療抵抗性の関連について検討中である。さらに、骨髄腫治療における重要な標的であるCD38発現が骨髄腫の分化成熟度やBCL2依存性に関連することを見出し報告した(Cancer Sci. 2021;112:3645-3654)。
臨床的観点からPETCTの予後予測因子としての有用性についての検討を継続している。新たな代謝マーカーであるMTV (metabolic tumor volume)・TLG (total lesion glycolysis)に着目して検討を行い、特に濾胞性リンパ腫において強力な予後予測因子となることを日本血液学会で報告した (in submission)。
皮膚T細胞性リンパ腫(CTCL)において発現が低下しているmiR-26について、その標的分子がinterleukin-22(IL-22)であり、IL-22の高発現がCTCLの他臓器転移と予後不良に関与していることをin vitroおよびin vivoで明らかにした(Cancer Sci. 2022 in press)。今後のサイトカインに対する抗体療法の開発に結び付けたいと考えている。また、CTCLにおける治療薬であるHDAC阻害剤抵抗性となった細胞株を作成した。HDAC阻害剤への耐性機序を明らかにすることで、新たな治療戦略を提示したい。
(池田、北舘)
4. 赤血球造血の研究
これまで、ヒト赤芽球が脱核するメカニズムについて、一般的な細胞分裂と脱核を比較する観点から検討を続けてきた。ヒト赤芽球脱核の機序を知ることは、再生医療(iPS細胞から輸血できる赤血球を作る)への応用や、無効造血をきたす疾患(骨髄異形成症候群)の新たな知見を得るために有用と考えている。
2020年は、通常の細胞分裂において重要な役割を果たすCdc42が、ヒト赤芽球脱核時に、核の偏在化と収縮環形成の両方に関与していることを明らかにした(Ubukawa et al. Sci Rep. 2020)。2021年には、ヒト末梢血幹細胞を用いて、細菌感染時に造血幹細胞から好中球や単球への増殖分化が促進される経路を検討した。その結果、LPSがTLR4やMAPK経路、NF-kB経路を活性化することを明らかにした (Sasaki et al. J immunol. 2021)。
今後は、核の偏在を担うチューブリンやダイニンと、収縮環形成を担うアクチンやミオシンIIBの統括機構や、赤血球造血におけるホスファチジルイノシトールリン酸の生理的機能を検討していく予定である。
(鵜生川、浅沼)
5. 糸球体腎炎の臨床病理学的研究
当科における9900例以上の腎臓病理組織診断の豊富な経験から、これまで糸球体腎炎の臨床組織学的検討を報告してきた。本邦の透析導入原疾患1位である糖尿病性腎臓病の腎組織は、メサンギウム増殖や結節形成などの変化を認めるが、間質の高度細胞浸潤が腎予後の独立したリスク因子であることを報告した(Clin Exp Nephrol. 2020; 24: 509-17)。また、2018年にANCA関連腎炎の新たな予後予測ツールとして提唱されたrenal risk scoreの有用性を当科のコホートで検証し、既存の予後予測ツールとの比較検討を行った(in revision)。現在は、糖尿病性腎臓病の腎組織に発現するToll like receptorが腎障害や腎予後に関連するかについて研究を進めている。また、腎障害合併好酸球性多発血管炎性肉芽腫症(EGPA)の腎生検組織では、好酸球浸潤を伴う間質性腎炎や壊死性半月体形成性腎炎が多いが、腎障害に好酸球性炎症が寄与しているかどうか、好酸球の過剰活性化に伴う非アポトーシス細胞死(Extracellular trap cell death: ETosis)に着目して、EGPAの腎障害機序に関する研究を進めている。
(齋藤雅也、齋藤綾乃)
6. IgA関連腎疾患の研究
IgA腎症とIgA血管炎は代表的なIgA関連腎疾患であるが、病因・病態の相違には不明な点が多い。我々はIgA腎症モデルマウスの糸球体蛋白質を解析し報告した(Clin Exp Nephrol. 2020; 24: 666-79)。現在は同様の手法を用いて、IgA関連腎疾患のヒト糸球体蛋白質の網羅的解析による病態解明を目的として質量分析を行い、サブグループ間の蛋白発現量の差異などについて研究を進めている。
(齋藤雅也、齋藤綾乃)
7. 膜性腎症の研究
質量分析を用いて特発性膜性腎症・薬剤性膜性腎症患者の糸球体蛋白を解析し、両者のプロテオミクスからみた病態の差について検討、日本腎臓学会東部学術集会で報告し優秀演題賞を受賞した(in submission)。現在は、免疫染色により抗THSD7A抗体関連膜性腎症を集積しその頻度やプロファイルについて研究を進めている。
(加賀)
8. 全身性エリテマトーデスにおけるヒドロキシクロロキン作用機序の探索
全身性エリテマトーデス(SLE)は免疫複合体により様々な臓器へ炎症を生じる自己免疫疾患であり、病因となる自己抗体産生はT細胞依存性であることが知られている。ヒドロキシクロロキン硫酸塩 (HCQ)はSLEに対して2015年に承認された免疫調整薬で、作用機序として形質細胞様樹状細胞、B細胞におけるTLRの活性化阻害などが報告されているが、T細胞における薬理作用については未解決である。T細胞にHCQを暴露すると小胞体からのカルシウム放出が抑制されることが知られており、なんらかの炎症性シグナルに変化が生じている可能性がある。SLE末梢血中のCD4陽性T細胞純化や、HCQ暴露前後検体でRNA-seqによる網羅的解析を進めている。
(阿部)
9. 臨床研究、開発治験、医師主導研究
全国で展開しているさまざまな研究組織に参加し臨床研究活動を継続している。急性骨髄性白血病については、再発難治急性骨髄性白血病に対するFLT3阻害剤の有効性を検証する試験(JALSG-RR-FLT3-AML220)と、予後良好染色体を有する急性骨髄性白血病に対するゲムツズマブの有効性を検証する試験(JALSG-CBF-AML220)に参加している。悪性リンパ腫については、低腫瘍量濾胞性リンパ腫に対するリツキシマブ早期介入試験(JCOG1411)、高腫瘍量濾胞性リンパ腫に対するオビヌツズマブの維持療法の有効性を検証する試験(JCOG2008)を行っている。多発性骨髄腫に対しては、初発移植適応症例に対するDRd療法の検証(JSCT MM20, EMM20)や、初発移植非適応症例に対するD-MPV療法の検証(JCOG 1911)に参加中である。そのほかの造血器腫瘍、造血幹細胞移植や膠原病治療に対する下記に示した開発臨床試験や医師主導研究を紹介する。
慢性期慢性骨髄性白血病(CP-CML)患者におけるポナチニブの血中濃度と治療アウトカムに関する研究(担当:髙橋)
TKI による前治療に抵抗性/耐性を示した慢性期慢性骨髄性白血病におけるボスチニブ漸増の多施設共同第II相臨床試験(BOGI試験)(担当:髙橋)
慢性期慢性骨髄性白血病患者に対するポナチニブ維持療法後のチロシンキナーゼ阻害薬再中断試験(JALSG-RE STOP 220)(担当:髙橋)
慢性骨髄性白血病患者に対するチロシンキナーゼ阻害薬中止後の無治療寛解維持を検討する日本国内多施設共同観察研究(JSH-J-SKI)(担当:髙橋)
未治療低腫瘍量進行期濾胞性リンパ腫に対するリツキシマブ療法早期介入に関するランダム化比較第III相試験(JCOG1411,FLORA study)(担当:亀岡)
未治療高腫瘍量濾胞性リンパ腫に対するオビヌツズマブ+ベンダムスチン療法後のオビヌツズマブ維持療法の省略に関するランダム化第III相試験(JCOG2008試験)(担当:亀岡)
高齢者または移植拒否若年者の未治療多発性骨髄腫患者に対するダラツムマブ+メルファラン+プレドニゾロン+ボルテゾミブ(D-MPB)導入療法後のダラツムマブ単独療法とダラツムマブ+ボルテゾミブ併用維持療法のランダム化第III相試験(JCOG1911試験)(担当:亀岡)
未治療多発性骨髄腫に対するダラツムマブ、レナリドミドおよびデキサメサゾン療法に治療奏効で層別化する地固め療法を用いた自家末梢血幹細胞移植の有効性と安全性を確認する第II相臨床試験(JSCT MM20) (担当:池田)
未治療の高齢多発性骨髄腫に対する新規薬剤と自家移植を組み合わせたシークエンス治療を固定期間で行う有効性・安全性を検証する多施設共同第II相試験(JSCT EMM21)(担当:池田)
新規高齢B-ALLを対象としたブリナツモマブ+化学療法 vs 標準療法の多施設共同第III相臨床試験(担当:北舘)
再発または難治性のFLT3遺伝子変異陽性急性骨髄性白血病患者を対象とするMEC(ミトキサントロン/エトポシド/シタラビン)とギルテリチニブの逐次療法の非盲検、多施設共同、前向き介入試験(JALSG-RR-FLT3-AML220)(担当:山下)
t(8;21)およびinv(16)陽性AYA・若年成人急性骨髄性白血病に対する微小残存病変を指標とするゲムツズマブ・オゾガマイシン治療介入の有効性と安全性に関する臨床第II相試験(JALSG-CBF-AML220)(担当:山下)
小児、AYA世代および成人急性リンパ性白血病に対する多施設共同臨床試験 (JPLSG-ALL-T19/ B19/ LCH-19-MSMFB)(担当:山下)
造血幹細胞移植(HSCT)後に血栓性微小血管症(TMA)を呈する成人及び青少年患者を対象としたラブリズマブの第III相、非盲検、ランダム化、多施設共同試験(担当:山下)
新規発症腸管GVHDに対してゼンタコート併用療法を行う単施設研究(担当:山下)
AMLに対するベネトクラクス併用療法(Ara-cまたはAZA)の有効性・安全性の前向き観察研究(担当:小林)
移植非適応初発MMに対するIMiDを含む寛解導入療法時の血栓塞栓症(VTE)発生率評価のための多施設共同前向き観察研究(担当:小林)
RAを対象とした日常診療下におけるサリルマブの前向き観察研究(PROFILE-J)(担当:齋藤)
早期SLEに対するベリムマブ有効性を検討するプラセボ対照無作為化二重盲検並行群間比較試験(担当:齋藤)
JPVAS血管炎前向きコホート研究(RADDAR-J [22])(担当:齋藤)
2022年4月現在の当科の治験件数は以下の通りである。
Ⅰ/Ⅱ相 | Ⅱ相 | Ⅲ相 | ||
---|---|---|---|---|
骨髄系腫瘍 | CML | 3 | 2 | |
AML, MDS | 1 | 1 | ||
リンパ系腫瘍 | ALL, NHL | 1 | 2(1) | 1 |
その他 | 移植後 TMA | 1 |
カッコ内は医師主導治験の件数
CML:慢性骨髄性白血病
AML:急性骨髄性白血病
MDS:骨髄異形成症候群
ALL:急性リンパ性白血病
NHL:非ホジキンリンパ腫
TMA:血栓性微小血管症